〜メグロの履歴室〜:メグロ終焉期(9)  昭和36年春闘以来の労働争議に揺れる中で、目黒製作所本社工場では3月31日の旧労組従業員による不法占拠 の排除が機動隊の導入と云う最悪の手段を以って実行されてより不完全ながら生産活動が再開された。しかし一方で メグロの主力製品である250ccモデル組立ラインとトランスミッション生産の全てが在る烏山工場では4月28日 に宇都宮地方裁判所より旧労組烏山支部加入従業員に対しての立入禁止仮処分を提訴の却下判決が下り、事実上工場 閉鎖の状況が続いていた。  目黒経営陣は直ちに東京高等裁判所に控訴して居たが、7月15日に漸く旧労組従業員の工場への立入禁止仮処分 決定の判決が下りた。しかし本社工場での際に執ることができた強制執行はできなかった。立入禁止の要請が新労働 組合(第二労組)加入の従業員に対しては口頭による説得が許されて在ったことがその理由だったのだが、烏山工場 に立て篭もる旧労組従業員はそのことを逆手に取り、口頭による説得を断固として拒否して不法にドラム缶や人垣で ピケを張り続けて工場職員と新労組従業員の入場就労を妨害したのである。だが本社工場の努力を無駄にしたくない とする新労組従業員の対抗行動により数日後にはバリケードを強行突破して漸くに工場内へ入場就労、同20日より 本社工場に向けて部品の出荷を再開できるに至る。だが旧労組従業員が排除されたのではなく双方による誹謗中傷や 小競り合いが連日のように起こり、問題は烏山工場のみならず烏山町全体を揺るがす大問題と化していた。  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−   烏山町内では新旧双方の労組員が反目して誹謗のビラを撒きあい、家族間の付き合いも断絶して学校では子供同士 の喧嘩にまで影響するに至り、町役場としても放置することができずに4月17日付けで烏山町長、同町議会議長に 自治会、商工会の代表と栃木県議会議員の連名を以って双方に自重を促す要望書を示したので在ったが、一向に解決 する状況になくむしろエスカレートしていった。町内には双方を支援する団体や集団が入り込み騒動に拍車を掛けて 騒然となった。町議会そして7月末には栃木県地方労働委員会による斡旋にて宇都宮に於いて経営陣より鈴木専務と 角田取締役が出席しての対旧労組とのトップ協議を行うが効を奏さず、烏山工場では旧労組従業員による工場入場口 に築かれたバリケードの突破阻止と製造材料の搬入および製品搬出の阻止妨害、そして8月8日には本社工場などへ 出向就労して居た新労組従業員も烏山に戻り、就労妨害の強行突破が繰り返された。だがさすがに長期化する騒動に 双方とも疲弊を隠せずに居たのも確かであった。  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−   11月21日、争議の全面解決を旨に東京都労働委員会の仲介により、全国金属労連・東京地方本部の佐竹委員長 と目黒経営陣より鈴木専務が出席してのトップ会談を行う。双方とも相容れない条件交渉ながら数回にわたる真摯な 交渉の結果、同24日深夜に争議解決に向けての基本方針を決定して仮調印が執り行われたので在る。  イ、会社は指名解雇を取消し全国金属労連・東京地方本部に対して争議解決費として2,200万円を支払うこと。  ロ、旧労組従業員と新労組従業員間の差別待遇をせぬこと。  ハ、暴行により起訴中の旧労組従業員の処遇については裁判判決後に処遇を考慮すること。  ニ、全国金属労連は本社支部の幹部3名(会社指名)を含め旧労組従業員20名を退職させること。  ホ、その他 ここに「76名整理とする解雇の取り消しと、希望退職者の募集」と云う自主和解案が策定されて、漸くに争議解決 への道筋が用意された。  全国金属労連による旧労組への意見調整と説得工作には争議で悪化した人間感情も在ってか難航して時間を要した が、旧労組と新労組への相互折衝の結果漸く、目黒経営陣指名の旧労組幹部3名と希望退職者を経営陣に提示、承認 を得る。12月7日、目黒経営陣と全国金属労連は争議解決の本調印を交わし、ここに289日にも及ぶ争議事件は 収束を迎えることとなった。 だが解決後も従業員同士やその家族、更に烏山工場では地域の人間関係にまで影響がおよび、深刻な状況が尾を引く 結果となってしまったのである。また、メグロの業績そのものも不完全な操業が一年近くも続き、販売台数は前年を 大きく割込んでしまい、業務提携による会社再建どころではない状況にまで陥っていた。  そしてこの騒動の合間に、まさにメグロそのものを背負ってきた社長・村田延治は会社の行く末を案じつつ静かに その波乱な人生に幕を引いて居たのであった。                                               (つづく) (*この文章は、二輪史研究会資料「メグロ資料集」         二輪史研究会資料「メグロコレクション」         二輪史研究会資料「メグロ製作所社史」         八重洲出版「日本モーターサイクル史1945-1997」より「懐かしの名車STORY“メグロ物語”」         三樹書房「カワサキ“モーターサイクルズストーリー”」小関和夫・著         山海堂「W1 FILE〜MEGURO'60−KAWASAKI'73」蔦森樹・著         毎日新聞社「The Bike」より「時と人・バイク風土記(蔦森樹・編)」  より参照、構成しています。) (*登場者の敬称は省略させていただきます。)